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2008年04月20日

長門市・仙崎の思い出〜『「輝きながら・・・」の碑』編〜

長門市・仙崎訪問記の続きです。

前回は、『金子みすゞ記念館』のことを書きました。←(興味のある方は、前ページの『金子みすゞ記念館』編もどうぞ)

その次に向かったのが「仙崎シーサイドスクエア」。

船で青海島(おおみじま)を1周しようと思い向かったのですが、そこで思いがけず見つけたのが、これ!

↑↑アップにするとこんなです。

 

これって、よく見ると、徳永英明のヒット曲『輝きながら・・・』の歌詞じゃん!

石碑になってたんですね。

そういえば、なんかそういう話題を聞いたことがあるような気もするような・・・ここだったんですね。

下の方に供えてある花束が、なんだか気になりますが・・・

よくみると、これは作詞家の大津あきら氏を偲んでつくられたもののようです。

大津あきら氏は仙崎の出身。「・・・卒業生一同」と彫られているところをみると、母校の生徒から贈られたもののようです(ご存知の方はぜひ情報ください)。

 

長門市・仙崎の思い出〜『金子みすゞ記念館』編〜

先日、仙崎に行ってきました。

まず、最初に向かったのは『金子みすゞ記念館』。

当時、金子みすゞが暮らしていた「金子文英堂」が、実際の跡地に復元され、その裏に記念館の本館が建っています。

↑↑『金子みすゞ記念館』の前景です。ネット上にアップされている画像を使用させていただきました。

 

この「金子文英堂」が記念館の入り口になっていて、店内には、当時の雑誌や童謡集などのレプリカが沢山展示されていました。

入場券も変わっていました。

↑↑こんな感じで、入場券(観覧券)が「しおり」になっているのです。

本屋さんであることと、みすゞ自身が詩人であることから、この形になったんでしょうね。

ちょっとシャレてますね。

 

受付を済ませて中に入ると、店舗の他にも、当時暮らしていた建物の様子が忠実に再現されていました。

みすゞの使っていた部屋や風呂場、トイレまでが当時そのままに再現されていて、実際に中まで入って見ることができました。

記念館には、みすゞの生涯の年表や各年代にまつわる貴重な品々が展示されているほか、本人の直筆原稿を用いた額装や、再び見直され現代によみがえるきっかけとなった書籍なども展示され、また、みすゞのすべての作品を検索し、直筆原稿の形で読むことのできるデータベースの検索コーナーなどもありました。

記念館内部は、写真撮影が禁止されているので、パンフレットをUpしときます。

パンフレットは三つ折になっていて、開くとこんな感じです。

↑表面

 

↑内面

 

↑折りたたむとこんな感じ。

 

2008年04月07日

加護亜依、芸能活動再開へ

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もう既に、芸能ニュースなどでご存知の方も多いかもしれませんが、あの加護ちゃんが芸能界に復帰するらしい。
 「考えが甘い」と、復帰を批判する人もいるかもしれない。
多くの人から、非難や中傷を浴びるかもしれない。
一度失った信用を回復することは、簡単なことではない。
自らまとったマイナスイメージは、服を脱ぎ捨てるようにはいかない。
それでも、ひたむきに、ただひたむきに、自分の人生に向き合って、道を切り開いてゆく覚悟があるのなら・・・
「応援してあげよう。」
私は、そう思います。
*** 加護亜依、芸能活動再開へ ***
 【4月6日19時18分配信 オリコン】
 約2年の休止期間を経て、あの“加護ちゃん”が本格的に芸能活動を再開することが6日(日)までに分かった。
 2度にわたる成人前の喫煙行為の発覚などにより昨年3月26日に所属事務所を解雇された元モーニング娘。の加護亜依が、このほど携帯サイト『梨元! 芸能裏チャンネル』のインタビューに応じ、過去の騒動を「当時は社会人としての自覚がすごく足りなかった。ファンの皆さん、スタッフさん、事務所の方々、お母さん、たくさん迷惑をかけてしまいました。申し訳ございません」と謝罪。そして「これから新たにちゃんと自分に責任を持って生きたいと思います。応援してもらえたらうれしいです」と、今後の芸能活動について前向きにそして真摯に取り組む姿勢をみせている。
 加護は2006年2月に写真週刊誌に喫煙写真が掲載され謹慎処分となり、07年1月末から当時の所属事務所の仕事を手伝いながら復帰を目指していたが、その約2ヵ月後に再び年上男性との温泉旅行と喫煙場面が報じられた。その時の模様を「私の父親と母親が、その日に離婚してしまった」ことから、精神的にまいっていたところを年上男性に誘われ自分の希望でもあった草津へ旅行に出かけ、さらに無知などから「タバコに走ってしまった」と告白した。
 当時の所属事務所は復帰を目指している途中での喫煙発覚ということで「二度目ということもあり、復帰については断念することにしました」と契約解除を発表していた。

2008年04月05日

体外受精15組うち8組が出産

*** 体外受精15組うち8組が出産 根津医師公表 ***

 【4月4日19時38分配信 毎日新聞】
 
 諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘(ねつやひろ)院長は4日、これまでに15組が代理出産を試みたことを同クリニックのホームページで公表した。4組は妊娠せず11組が妊娠。3組は流産、8組が出産し、10人が誕生したという。代理出産に関しては3月、日本学術会議の検討委員会(鴨下重彦委員長)が法律で原則禁止し、公的機関の管理下での試行を容認する報告書案をまとめている。

 ホームページによると、代理出産について、約100組から相談を受けた。実施した15組の依頼女性をみると、6人は生まれつき子宮がないか小さいケース、9人は子宮筋腫、子宮体がんなどで子宮を摘出していた。出産を引き受けた女性(代理母)は▽実母5人▽実の姉妹3人▽義理の姉妹7人。年齢は34歳以下が5人、35歳以上10人。55歳以上も4人含まれている。
 根津院長は「『代理出産の条件付き容認、悪用する者へは刑事罰』(根津私案)という基本の下で、さらに症例数を増やしながら議論していくべきだ」としている。【大場あい】